第89回富丘会総会特別企画―講演者によるカウントダウン・コラム第四回
<どうすれば私たちは豊かになれるのか?>
河野龍太郎(87済:BNPパリバ証券経済調査本部長チーフエコノミスト)
新古典派を信奉するエコノミストらしからぬ回答かもしれません。「国富論」でアダムスミスは、利己心に基づく個人の利益追求が社会の繁栄をもたらすと説きました。同時に「道徳感情論」では、富や地位の追求では幸福になれないと強調しました。幸福になるには、世間の評価に左右されず自分を騙さずに生き、愛すべき人になる必要があり、それには知と徳の追求が重要と論じています。求道者のような生活は無理ですが、私達が善き生活を送るための客観的価値基準として、ケインズ研究で有名なスキデルスキー教授は、健康、安定、自己の確立、尊厳、自然との調和、友情、余暇の七つを上げています。富丘会で懐かしい同窓に会うのは、豊かな人生の糧になると思います。
加藤出(88済:東短リサーチ チーフ・エコノミスト)
多くの人々の実質所得を増加させるには、過度な所得格差拡大を抑制しつつ、稼げる企業をいかにして増やしていくかが重要と考えられます。E・モレッティは「年収は『住むところ』で決まる」の中で、先進産業がその地域にあるか否かが収入にとって決定的と指摘していますが、国の単位でもそれは言えるでしょう。日本はその点で楽観できる状況ではなく、海外の優秀な才能が来てくれるような環境整備等々を進める必要があります。とはいえ、南欧などで実感されるように、「豊かさ」とは一人あたりGDPだけで表せない面が当然あります。特に日本の場合は「将来不安」を抱く人が異様に多いだけに、社会保障などの長期的議論も重要と思われます。
熊野英生(H2済:第一生命経済研究所首席エコノミスト)
豊かさという問題設定は、成長≠豊かさというニュアンスを与える。そう考えると、豊かさとは「老後(将来)の安心」となる。日本の財政再建の前途が暗く、社会保障の現状維持は困難だ。成長と財政再建の両立は、成長の余勢を使い、社会保障の削減をどこまで小さくできるかにかかっている。数年前、物価上昇すれば日本経済が救われるという誤ったオピニオンが論壇を席巻した。2013年以降、食料品価格が上昇して、消費マインドが悪くなったことは周知の事実だ。原理的には勤労者が生産性上昇して、賃金水準を上げることで、豊かさを増進できるとなっている。だが、現在、経済指標の伸びだけをターゲットにした政策が私たちの豊かさを迷走させている。